ASDの『聴覚過敏』への対応は、「慣れさせる」ではなく「逃げること(方法)」を教えるのが有用ってお話

初めましての方もそうじゃない方も生活介護え笑みの西です。

生活介護え笑みは、東京都あきる野市にある重度の知的障がいとASD(自閉症スペクトラム)のある方を支援する通所施設です。

ASD(自閉症スペクトラム障害)の方の生活を困難にさせる特性の一つに「感覚の特異性」があります。

定型発達の方が気にも留めない様な感覚的な刺激が、ASDの方にとっては想像を絶する苦痛であったりするようです。

代表的な物には・・・

・周囲の雑音が全て同じ音量で聞こえてしまい、会話が出来ない(カクテルパーティー効果)

・爪を切るのが、激痛でとても耐えられない

等があると言われています。

そして、特定の音が耐えられないほどの不快な音に聞こえる「聴覚過敏」のあるASDの方は多くらっしゃいます。

聴覚過敏のある方の中には、イヤーマフを使用して周囲の音を軽減している方も少なくありません。

近年合理的配慮が進む中で、イヤーマフを始め環境を整えて聴覚刺激を軽減する事に主眼を置いた支援が増えてきました。

しかし、いまだに「感覚は、慣れれば良くなる」との考え方から、「慣れさせること」を目的とした支援も見聞きします。

聴覚過敏のある利用者A様

今回登場するのは、特別支援学校を卒業して間もないA様です。

A様は特異な感覚を持っていて、他人に身体を触られるのを極端に嫌がります。

特に生活をし辛くしているのは、聴覚の過敏性です。

いわゆる、「聴覚過敏」ですね。

騒がしい室内は苦手ですが、特に乳幼児の声、泣き声はどうしても我慢出来ない様です。

在学中も静かな環境を求めてトイレで過ごす事が多かったようで、それは笑に通所開始してからも同様でした。

他の利用者様たちが屋外プログラムの為、フロア内が静かになるとトイレから出てきて、課題や余暇を行っていました。

まさに「矛と盾」の戦い

笑には、調子が悪くなると大きな声が出てしまうB様と言う方がいます。

それはそれは、中々大きな声が出てしまいますので、どうにかならないものかと支援者は頭を悩ませています。

そんな笑に通所し始めたA様

何かの活動に取り組んでいてもB様の大きな声がすると、「取り組んでいた物を投げる」「B様から遠い空き部屋に逃げ込む」などしていました。

どうしても我慢が出来ないとB様に掴みかかり、噛んでしまったこともありました。

A様にイヤーマフを勧めてみた事もありますが、感覚的にダメでした。

調子が悪かったり、訴えがあると大きな声を出すB様

大きな声を聞くと途端に沸点に達してしまうA様

矛と盾の戦いがそこにはありました。

自分なりにB様と離れる工夫を始めたA様

中々支援でどうにもならない中、A様自身が工夫をし始めました。

登所するとB様と同じグループの利用者様のスケジュールを確認して、B様がいる時間は散歩に出る様になりました。

(元々A様は、B様のグループとはかち合わないグループ所属となっていたので、スケジュールもその様になっていました。)

B様が屋外プログラムで出かけている時に笑に戻ってきて、課題等の室内プログラムを行うようになりました。

その行先は、近くにある市役所!!

市役所もそれはそれでうるさい環境

市役所で過ごし始めて、B様の大きな声に心配する必要は無くなりました。

しかし、別の問題がありました。

そうです!!

頻繁に乳幼児(A様は「赤ちゃん」と表現します)が来庁してきます。

しかも、いつ来るのか予想もつかないんです。

一旦は、待合室などのベンチに座って過ごしますが、「少しでも乳幼児の声がする」「姿が見える」とトイレに駆け込んで出てきません。

外で見守ている支援者が、「赤ちゃんいなくなったよ」などと出てくることを促すと一度は出てきますが、乳幼児の声などですぐにまたトイレに入ってしまいます。

市役所に行く事でB様の大きな声への不安はなくなりましたが、市役所はそれはそれでうるさい環境だったんです。

市役所に行きながら、A様自身が変わっていった

A様にとっては必ずしも落ち着ける環境ではない市役所へも行き続けました。

朝登所すると自分のスケジュールを確認して、自立課題に取り組むと市役所に出発。

他の利用者様が出掛けると笑に戻り、スケジュールにある活動に取り組む。

他の利用者様が帰ってくると、市役所に出掛ける毎日です。

市役所では、赤ちゃんが気になり、安心できるだれでもトイレで長時間過ごしていました。

そんなある時期を境に、トイレで過ごしている時間が短くなっていきました。

・市役所を出て行こうとしている赤ちゃんは平気

・歩いている子どもなら平気

など、A様自身がやり過ごせることが増えてきました。

それに伴って、市役所の中で興味のある事も増えてきたようです。

・エレベーターに乗ってみたい

・市役所で働く人は、どんな仕事をしているのか知りたい

など、今ではいろいろな事に興味があるようです。

そんな中で、昨年中スタッフを一番困らせた質問が出ます。

「脳みそ見せてください」

このエピソードは、いずれまた・・・

不快な対象が具体的になっていく

聴覚に過敏があり、大きな音や特定の音が苦手は脳の偏りです。

しかも聴覚過敏は定型発達の人が想像するよりしんどさがあり、時には生活に支障をきたすことがあります。

聴覚過敏は、脳の偏りですから「慣れる」と言う事はありません。

不快な音が気になる事で、生活の幅や経験できることが狭まることもあります。

A様への支援では、ご本人が自ら不快な音から逃げられる事に重点を置きました。

・不快な音がしたら、「大丈夫」と思えるところ(トイレなど)に逃げ込んでよい

・大丈夫と思ったら、出てきて活動を再開しよう

これだけでした。

次第にトイレに逃げ込むことが減り過ごせるようになって行きました。

漠然と「赤ちゃん」と言っていた対象の人が具体的になって来たんです。

トイレに逃げ込むことが減った事で、市役所内のエレベーター、スマートホンの画像、市役所で働く人々など興味の幅が広がってきました。

まとめ

ASDに詳しい児童精神科の先生が以前こんなことを話をしていました。

「(聴覚など)感覚の過敏は、その感覚とある不快な体験がむずびついて形成されていく」

ASDの感じ方は、脳の偏りもあり定型発達の人と違います。

この違った感じ方が、不快な体験とむずびついて過敏さを増幅していくようです。

だとすると、慣れさせることを目的にして不快な環境に居させれば居させるほど、過敏さは増していき、最悪2次障害としての不適切行動につながるでしょう。

今回登場したA様。

赤ちゃんの声が苦手と言う過敏さは、私たちが出会う前に形成されていました。

しかし、今回の取り組みを通じて一括りに「赤ちゃん(の声)」が苦手と言われていたものが、具体的な見た目や場面がはっきりしてきました。

A様自身、「うん。これくらいは大丈夫」と思えるようになって来たと感じています。

具体的になった事で、逃げなくて良い時間が増えました。

気にならなくなった時間が増えると、色々なモノに興味が出てきました。

聴覚などの感覚の過敏さは、「慣れさせる」よりも「逃げる」ことを教えることが実は、支援の近道ではないかと考えています。

 

長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。

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